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『貴女が兄上の婚約者殿でしたか』
初めまして、と笑い掛けられたあの瞬間に、私は恋に落ちたのです。
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「おめでたですな」
「いや、あまりめでたくありませんので」
私の発言に医者は怪訝そうな顔をした。世間一般の娘ならきっと喜ぶであろうし、医者の発言は間違いではないが、私にとっては困ったこと以外の何者でもなかった。
子供が出来た。いや、出来てしまった。
することをしていれば、いつかはそんな日が来るとわかっていたはずなのに、油断大敵とはこのことか(ここにレイナやエイダがいれば、「それ、何か違う」とまた突っ込んだに違いない)。
嬉しくないのかと問われれば、答えは否だが。
「見たところ王宮勤めのご様子ですが、激しい運動は避けるのが……」
「もう結構です。わかりましたから」
聞くことだけ聞けば、医者にもう用はない。口止めのため、言われた金額の何倍かを支払い、私は診療所を後にした。
「ここまで来るのに、長かったのに……」
一人ごちた声は、誰にも届かずに空へと溶けて消える。これが運命だというのなら、女神様は結構意地悪だ。
側にいるだけがこれ程難しいなど、娘時分には思いもしなかった。
望み、努力を惜しまなければ、大概のことは叶う。そう思っていた私は何と傲慢な子供だったのだろう。
世の中には、どう頑張っても手に入れられないものがあると知ったのは、十五歳の時だ。もう二十年近く昔のことだが、 何の縁か、第一王子の正妃にと望まれたことから始まる。
当時の私は、今の姿からは考えられないとよく言われるのだが、姫らしい格好をして、傍目から見れば(一応)おしとやかで大人しい娘だった……のではなかろうか。多分。 ……いや、自信は全くないが。
正直、結婚なんて勝手に親が決めるものだと思っていたので、私は抵抗せずに了承した。……今思えば、少し浅はかだったとは思う。
今の私ならば、名前を知るだけの男に嫁ごうとは思わない。例えそれが王子だろうが、王だろうが、この世界の神の一人だろうが。
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