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当時の私が適当に生きていた訳ではない。単に馬鹿らしかったのだ。女だからと勝手に生き方を決める親達に逆らうのが。
馬に乗ることも剣を振るうことも当時から好きだったが、誰にも見せられないし、目撃されようものなら、一発で母親は泣き、父親からは叱責される。
私に『私』という個を主張する自由はなかった。まるで遊び手の設定通りの役を演じる飯事の人形だ。
親の言うがままに、花嫁修業とやらも一通りやったお陰で裁縫・楽器・歌など一般的な姫君がするようなことは一応全部出来る。……今となってはただの隠し芸のようなものだが。
「初めまして。私は貴女の婚約者のルノー・ラル・ミタラクです」
初めて会ったルノー殿下は、はっきり言うと私の好みではなかった。美形であるが、神経質そうなところがなんとも言えない。
「お初にお目にかかります。私はセラフィリア・カインドネスと申します」
初めて会うのだからと着せられた、やたら高級な衣装の裾を摘まみ、努めておしとやかに挨拶をする。
私の家は王族だが傍系もいいところなので、ミタラクの名を名乗れない。
「妻になる人が貴女のような美しい方で良かった。そうでなければ、帰ってもらうところでした」
ルノー殿下は冗談のつもりだったのかもしれないが。
あ、私はこの人、好きになれそうにない。
はっきりそう思った瞬間だった。
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「隊長を下ります」
「……何の冗談ですか?」
「いえ、冗談抜きです」
「それこそ冗談でしょう」
副隊長であるアーヴィングを呼び出して告げれば、思いきり鼻で笑われた。
「サルマト殿下バカの、隊長殿が? 隊長を下りる? それを誰が信じると?」
「確かに」
自分でも納得してしまうくらい、あり得ない話だ。もし私がアーヴィングでも、絶対に信じない。
「なら、こう言い変えましょう。子供が出来たので、隊長職は少々厳しい。辞めざるを得ない」
「――そちらの方が逆にあり得ないような気がしますが」
「私を何だと思ってるんですか」
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