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「おい、セラフ! 話はまだ終わってな……」
殿下の方を振り向きもせず、私はその場を逃げ出したのであった。
「……なんてことだ」
敵前逃亡など生まれて初めてだった。
正しく一生の不覚。あり得ない。
らしくない。まるで私が私ではないみたいだ。リュカに知られたら爆笑間違いなしの出来事であろう。
……まあ、知られた時は記憶を失うくらいぶん殴ってやる気でいるが、拳を傷めたくないので出来るならそれは避けたい。
「……隊長殿、こんな所で何をやっておられるのですか」
植え込みの影で辺りを窺っていたら、バッチリ目が合ったアーヴィングに声を掛けられた。
「おや、アーヴィング。今日は何度も会いますね」
「普通、隊長と副隊長なら、一日に何度も会うものです。仕事に同行したっておかしくないはず……なんですがね」
「そうですか、それは失敬」
アーヴィングお得意の嫌味な言い草。ここだけの話、アーヴィングは理屈とこの口調で以前の上司を禿げさせてしまったらしい。
如何せん私は爪の先程も堪えないので、部下としては有能なこの男の上司を何年かやっている。 本当に有能なので、仕事をほぼ丸投げしていると言っても過言ではないかもしれない。
そのことについて、反省はしてない、でも後悔もしてない。
「……殿下が後妻を迎えるそうです」
「それはそれは」
唐突に話し出しても、アーヴィングは気にしない。
「それで……逃げてきてしまったんですよ」
「……先日の地揺れ (作者注。現在、レイナの最終決戦後、幾日かというところです) は、このことが起きる前触れだったんですね」
「そうかもしれません」
アーヴィングは、本日何度目かの溜め息をこぼした。
「そこ、普通は否定するところでは?」
「今更私に普通を求められても困ります。そもそも女性の普通ってあれでしょう、ドレスを着ておしとやかに……出来てたら、私は今ここにいませんけど」
女で隊長職を務めていることも、身長も、(余計なお世話だが)性格も、一般女子から逸脱していることなどかなり前から自覚させられている。
何せ、殿下とは顔半分ほど身長差があるのだから…………いや、待てよ? 殿下が私より高かった時期なんてないじゃないか。年が離れているが故の弊害だ。いつも私が見下ろしている。
「……気にして損した」
「は?」
「いえ、こちらの話です。流して下さい」
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