Je te veux

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アーヴィングはそう言うと、何事もなかったかのように……「そう言えば、始末書を早く処理して下さいね。上からせっつかれてるので」と言い残して去って行った。ち、余計なことを。 しかし、お幸せに、か。…………一体何に対して? 「セラフ、お前、また始末書を溜めてるのか……」 アーヴィングがいらないことを言ったお陰で、殿下が呆れ顔。 「人聞きの悪い。今回は一件だけです。大体私が書類仕事が嫌いなのはご存じでしょう。そもそも、お偉いさんの息子だかなんだか知りませんが、ちょっとしごかれたくらいで親に泣きつくような人間のことで反省することなんて、塵ほどもありません」 「お前の『ちょっと』はちょっとじゃないだろうが。聞いた話だが、いくらなんでも、王宮の周囲(約二キロ弱)を三十週走ってこいはやりすぎだ」 「? 私、この隊に入った時、隊長に同じ命令を出されましたよ? 女の私に出来たのだから、出来ないわけがないじゃないですか」 あの時は意識朦朧としたけど、五刻(五時間)ほどで完走した。いい思い出だ。 「お前……前の隊長に、何か嫌われるようなことをしたのか?」 「嫌われる? まさか。それどころか、目をかけられていたと思いますけど。彼が私を鍛えてくれたお陰でこの地位にいるのだから感謝してますしね。本当にいい人でしたよ。 模擬試合で負けてくれたり、仕事の肩代わりをしてくれたり、ちょっとしたイタズラには必ず引っ掛かってくれるようなお茶目なところもありましたね。そうそう、一人だけ特別訓練として山中に連れて行ってくれたりしたこともありました。……三日間飲まず食わずで大変でしたが、そのお陰で何があっても動じなくなりましたよ、私」 本当にいい人だった。うん。 しかし、殿下は何故か絶句した(ように見えた)。 「……それ、(上司を模擬試合で叩きのめしたり、仕事を押し付けたり、正直洒落にならない程度のイタズラに引っ掛けたり……)確実に恨まれ……いや、何でもない」 殿下はどうしてか言葉を濁した。 「……まあ、それはともかく。セラフ、私はお前に言いたいことがあるんだが」 先程の話の続きだろうことはすぐ推測できた。勿論私は聞きたくない。 「申し訳ありませんが、後添えの件なら、私は無関係ということで失礼させて頂きま……」 「頼むからちゃんと聞いてくれ!」
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