Je te veux

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「やめると言ったら驚いただろうが、それは想定の範囲内だな。だが、せめて産んでからにしてくれよ?」 「勿論」 殿下は、「お前が大人しくしてたら気持ちが悪いからな」、となかなかに失礼な台詞を吐いてくれた。 式はつつがなく進み、最後で最大の行事へと。 その頃には私も流石にくたびれて投げやりな気分だったが、これさえ終われば後は馬車に乗って街中をうろつくだけなので、居眠りしてやろうと思っていた。 「それでは、真名の交換を」 神官が言うなり、何故か殿下の顔が強ばる。 「い、いいか、同時に言うぞ?」 「はいはい」 「せーのっ! 『  』」 「『  』」 ……うん、聞こえた。 「『  』ですか。へえ、人の真名ってこんな聞こえ方するんですね……!?」 特に感慨もなく呟いたのだが、気付いたら大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちていた。 …………殿下の目許から。私は思わず目を瞠る。 「で、殿下?」 「だっ、……うれっ、嬉しくて……」 感極まった殿下が私に思いきり、突撃するような勢いでぶつかってくる。勿論、よろめくような無様な姿は見せませんけどね(殿下、軽いし)。 自分から抱き付いてくれるというこの状況は嬉しいが、大泣きしている殿下を見て私は思う。 ――そこ、一応女の私が泣くとこではないのでしょうか? いや、私はずっと前から、殿下が運命の恋人だと確信に似た想いを持っていたから、今更真名が聞こえたところで「やっぱりな」という満足感しかなかったのだけれど、殿下の方はそうではなかったらしい。 国民の前だとか、王様達の前だとか、そういうことは全部すっとんで、すがり付いて泣く殿下の頭を撫でてあげながら、私達の関係はずっとこうなんだろうなと思う。 ……ま、いいや。今更だ。 「と、まあ、こんな感じでしたよ」 「……お母様に情緒を求めた私が間違ってました」 結婚式を目前に控えた娘に溜め息をつかれ、私は胸を張る。 「その通りです。情緒を感じたければ、殿下……じゃない、サルマト様に聞くのが正解です。今頃気付くようでは貴女もまだまだですね」 などという会話をした昼下がり。 相も変わらず、私達はこんな感じです。 end!
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