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こういう時に限って誰も通りかからないし、供の者も呼んでない。……つい、「付いて来ないで!」と言ってしまったのが悪かったのだろう。
「おいで、降りてらっしゃい」
手を広げて呼んでみたが、小さなリャムは怖がって動かない。ただ悲痛な声を上げて鳴くだけ。
私もおろおろと上を見上げるしかできない。
どうしたらいいんだろう。
「降りれなくなっちゃったのかな。可哀想に」
横で声がした。
私が確認する間もなく、声の主は器用に木に登ると子リャムを抱え上げた。
「うわ、暴れるなよ」
怖がって逃げようとする子リャムを抱えたまま、彼はまた器用にするっと地面に降り立った。あっという間の出来事だ。
「はい」
差し出された子リャムを抱き抱える。リャムは余程心細かったのだろう、私にしがみついて小さな小さな声で鳴いた。
良かった。もう大丈夫。私は小さな柔らかい生き物をそっと撫でた。
「良かったね」
言われてふと気付いた。
短い亜麻色の髪。穏やかな……というより、元々細目なのかもしれない、笑顔。この人は一体誰?
城の者ならそれなりに慣れていたつもりだった。
でも、見たことのない人だったから、途端に頭に血が昇って、訳がわからなくなった。
「べ、別に助けてほしいなんて言ってないわ! わ、私のリャムじゃないし!」
「え、でも」
「こんなことしても、私が感謝すると思ったら大間違いなんだから!」
ああ、またやってしまった。なんなの、私のこの口は。どうして素直にお礼が言えないの。レイナと最初に会った時も酷いことばかり言ってしまった挙げ句怒らせたのに。私はどうしようもない愚か者だ。
リャムを助けてくれたのに。なのに、恩を仇で返すようなことを言ってしまった。彼は呆れた顔をしている? それとも、怒ってる? そう思ったら顔を上げられなかった。
「……でも、ちょっと、ありがたいとは……思ってる……から」
小さな声で言うのが精一杯。いたたまれなくて、私は子リャムを抱いたまま、逃げるようにその場を立ち去ることしかできなかった。
あの人は一体誰なんだろう。
リャムは侍女が洗って首輪を着けてくれることになった。
マルチェドの王子より、リャムを助けてくれたあの人に会いたい。
会って謝りたい。
そしてちゃんとお礼を言わなくちゃ。
……と思っても、私の時間は自由にならない。
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