3540人が本棚に入れています
本棚に追加
お見合いなんてもうどうでもいいのに、マルチェドの王子の顔を潰すわけにもいかず、憂鬱な気分のまま身仕度を整え、かつて廃墟と化しかけた貴賓室へと侍女達に促される。
中にはお祖父様と、
「…………ですので、このお話はなかったことにして頂けませんか」
「うーむ、それは……しょうがないですな。因みに、どこの娘かはおわかりになるのかの?」
「それが、名前も知らなく…………いた、ここに」
「あ」
ばっちり目が合った。お祖父様と話していたのはさっきの人だった。もしかして、この人がマルチェドの王子なのかしら? ……だとしたら、この話はなかったことになるわね、間違いなく。
そう思ったら、何だかちょっと胸が痛い……気がしたけど、きっと気のせい。
「これサリア、ちゃんと挨拶せんか」
「……マリアサリア・ラル・ロシュナンドです。先程は失礼致しました」
私だって挨拶程度なら問題なく喋れる。ただ、それ以外となると、どうにも上手くいかないのだ。
「君がサリア姫だったのか。この子です、僕の運命の人は。やっぱり、この話はなかったことにしないで下さい」
「そりゃ願ったり叶ったりですがのう……」
う、運命の人? マルチェドでは不思議な冗談が流行っているのかしら。だって、好かれそうなことなんか何一つしてないのに。
「なんじゃ、サリア、いつ王子と会ったんじゃ?」
「……先刻庭で……その、ちょっと」
お祖父様に尋ねられても、リャムを助けてもらったのに暴言を吐いてしまった方です、とは流石に言えない。
「ええ、庭を拝見させて頂いていた時に会ったんです。世界一可愛い僕のお姫様に」
僕の? 世界一? 可愛い!?
「で、殿下、それは真ですか!?」
「ああ、こんな可愛い人、生まれて初めて見たよ」
「何と喜ばしい! ついに殿下に春が……!!」
話についていけない私を放って、何だか盛り上がってる……?
「あの、聞いてもよいかしら」
「なんでしょう?」
「何がそんなに喜ばしいのかしら?」
「実は、殿下は人の顔の見分けがつかないのです」
「どういうことなの?」
「声と体格や髪型などでは区別できるようなのですが、どんな美女を見ても、子どもの落書き程度にしか見えないらしく、一生結婚はしないとおっしゃっておりました!」
これが喜ばずにいられますか! と力説した王子の従者に複雑な気分を抱いた。
最初のコメントを投稿しよう!