未体験ボイス

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    ――数日後。  私は彼について、知人から色々聞いた。 中学時代から続く天才伝説、家の事情や恋の噂。 真実かどうかも分からない話でも、彼を知らない私は聞きたかった。  そして今、彼のバイト先であるファミレスに来ている。 全ては彼と話す為。 恋人でなくてもいいから、彼と友達になりたかった。  その想いで、メニューの隙間から彼を覗き見ている。 これでは完全にストーカーなのも、自分でよく分かっていた。 「……お客様、コーヒーのおかわりはいかがですか?」 「はい、頂きま……す」 驚いた、というのが正しいのだろうか。 今まで目で追っていた彼が、差し出すコーヒーカップの先に居る。 「……藤川先輩ですよね、何してんですか?」 「桐谷くん。ちょっとお茶しようかなと思って」 「……もしかして、慎次と待ち合わせですか?」 一瞬、胸が痛んだ。 彼に言われた一言が、私の心には重くのしかかる。 「違うよ。本当にお茶飲みに来ただけ」 「そうですか。それじゃお注ぎ致します」 彼の反応は淡泊なもので、友達の彼女としか見られていない。 出会う前は、それで良いと思っていた。 けれど、今は違う。 彼に女性として見られたい、少しでも近くに居たい。 それが頭を支配していた。 「あの……桐谷くん」 コーヒーを注ぎ終わり、何気ない顔で戻る彼を私は引き止めた。 「何ですか?」 「バイトって何時に終わる?少し話せないかな?」 きっと今、自分の顔を見たら、赤らんでいるだろう。 それだけ私には、勇気の要る言葉だった。 .
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