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「あっ、ごめんなさい」
それが俺の恋に落ちた瞬間。
ただすれ違っただけの女の子に、不覚にも恋をしたのだ。
それは俺の理想としていた通りだった。
彼女の名前は、藤川 麗。
俺の二つ年上の22歳で、同じ大学の四年生。
艶を帯びた黒の長髪と整った顔立ちが印象的な大学のマドンナ。
落ち着いた雰囲気から、某有名財閥のお嬢様との噂もある。
けれど、俺が理想と思ったのはそこじゃない。
彼女が理想の理由は、その声にある。
はっきり言えば、声フェチだ。
明るい声色に加えて少し艶っぽさがある声。
彼女の声は、俺の想像とぴったり一致。
一目惚れするのに時間は掛からなかった。
でも、出会い方が悪かった。
地元の幼なじみに久しぶりに会おうと呼び出され、大学近くのカフェへ来てみれば、目の前には彼女の姿。
彼女だ。
隣に座っている。
「紹介するわ、俺の彼女」
「初めまして、藤川麗です」
「……初めまして」
彼女は俺を見ると、微笑んでお辞儀。
可愛い。
なんて、少し思ってしまったことを俺は責めた。
そう彼女は、幼なじみの彼女。
数時間前まで告白5秒前だった俺の想いは、幼なじみによって今にも崩れ落ちそうな勢いだ。
「お前、同じ大学だよな?麗と」
「まぁ…二年と四年だから学年違うけど」
意気消沈した俺は、視線を合わせることが出来ない。
彼女は、何か思い出したように考えながら話し始めた。
「桐谷くんだよね?デザイン科の貴公子の」
「……はい、貴公子かは知りませんが」
「有名なんだよ、桐谷くんって。将来有望なデザイナーになるって皆言ってた」
「いやそんなことないですよ」
いつもは言われても軽く流すのだが、彼女が評価してくれたことが素直に嬉しかった。
けれど俺は、この状況に耐えられそうにない。
「……ごめん。今からバイト入ってるからさ、悪いけど俺行くわ」
眼鏡を取り出し装着すると、俺は時計を確認しながらそう言って席を立つ。
バイトなんて帰る為の口実で、一目惚れした相手が幼なじみの彼女なんて偶然から、俺は目を背けたかった。
「……分かった、またな」
幼なじみの了承を得ると、飲み物代をテーブルに置き店を出た。
店の外から見る二人は親しげで、俺が入る隙間なんて何処にも見つからなかった。
20歳にして初めての恋に、俺は静かに終わりを告げた。
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