未体験ボイス

2/6
前へ
/52ページ
次へ
  「あっ、ごめんなさい」 それが俺の恋に落ちた瞬間。 ただすれ違っただけの女の子に、不覚にも恋をしたのだ。 それは俺の理想としていた通りだった。 彼女の名前は、藤川 麗。 俺の二つ年上の22歳で、同じ大学の四年生。 艶を帯びた黒の長髪と整った顔立ちが印象的な大学のマドンナ。 落ち着いた雰囲気から、某有名財閥のお嬢様との噂もある。 けれど、俺が理想と思ったのはそこじゃない。 彼女が理想の理由は、その声にある。 はっきり言えば、声フェチだ。 明るい声色に加えて少し艶っぽさがある声。 彼女の声は、俺の想像とぴったり一致。 一目惚れするのに時間は掛からなかった。 でも、出会い方が悪かった。 地元の幼なじみに久しぶりに会おうと呼び出され、大学近くのカフェへ来てみれば、目の前には彼女の姿。 彼女だ。 隣に座っている。 「紹介するわ、俺の彼女」 「初めまして、藤川麗です」 「……初めまして」 彼女は俺を見ると、微笑んでお辞儀。 可愛い。 なんて、少し思ってしまったことを俺は責めた。 そう彼女は、幼なじみの彼女。 数時間前まで告白5秒前だった俺の想いは、幼なじみによって今にも崩れ落ちそうな勢いだ。 「お前、同じ大学だよな?麗と」 「まぁ…二年と四年だから学年違うけど」 意気消沈した俺は、視線を合わせることが出来ない。 彼女は、何か思い出したように考えながら話し始めた。  「桐谷くんだよね?デザイン科の貴公子の」 「……はい、貴公子かは知りませんが」 「有名なんだよ、桐谷くんって。将来有望なデザイナーになるって皆言ってた」 「いやそんなことないですよ」 いつもは言われても軽く流すのだが、彼女が評価してくれたことが素直に嬉しかった。 けれど俺は、この状況に耐えられそうにない。 「……ごめん。今からバイト入ってるからさ、悪いけど俺行くわ」 眼鏡を取り出し装着すると、俺は時計を確認しながらそう言って席を立つ。 バイトなんて帰る為の口実で、一目惚れした相手が幼なじみの彼女なんて偶然から、俺は目を背けたかった。 「……分かった、またな」 幼なじみの了承を得ると、飲み物代をテーブルに置き店を出た。 店の外から見る二人は親しげで、俺が入る隙間なんて何処にも見つからなかった。 20歳にして初めての恋に、俺は静かに終わりを告げた。 .
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加