未体験ボイス

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  「よっしゃ。上手く信じたな、あいつ」 桐谷翼の姿が見えなくなるのを確認すると、黒斗慎次はニッコリ微笑んだ。 「…あの、あたし大丈夫でした?彼女のフリなんて今までしたことなくて」 「いや、充分です。アイツ、相当落ち込んでましたから。俺こそ無理言ってすいません」 「そんな、気にしないで下さい」 俺は五年振りに再会した幼なじみ桐谷翼に騙している。 五年前の仕返しをする為に。 翼は昔から、絵画や書道をやれば必ず賞が貰える才能の持ち主。 それに加えて、容姿端麗、性格良しと来れば世の女性が放っておく訳がない。 そして俺は、そんな完璧男と幼なじみだったりする。 けれど、恋にはまったくの鈍感だった。 五年前、女子にモテる翼と彼女居ない歴=年齢の俺は周りからよく比べられたりした。 そして翼は、自分が好かれているのを気付かないのか、告白した女を次々と冷たく断わっていく。 それは俺には羨む光景で、いつか仕返しをと考えていた。 その仕返しが、この作戦。 声フェチの翼の理想の声を探して、その子を俺の彼女として紹介し、目の前で見せつける。 それを見た翼は、俺を羨み落ち込むってシナリオ。 我ながらよく考えたと自分で自分を褒めたくなる。 そして案の定、翼は沈んだ顔で帰っていった。 作戦成功。 俺の仕返しはここに完結した。 「あの、もし翼が話し掛けてきたらその時はまた恋人のフリしてもらっていいですか?」 「あ……はい、分かりました」 彼女は、バイト先の花屋の常連客。 話してく内に仲良くなり、翼の大学の先輩だという彼女に、恋人役を頼み込んだ。 性格や雰囲気、そして声が翼の理想のタイプと似ているのも最大の理由。 現に俺も、好きな人が他に居ながら、彼女に少しときめきを覚えてしまう時もある。 「それじゃあ、私帰りますね。またお店で」 「はい。今日は本当に有難うございました」 彼女は少し頭を下げると、微笑みながら帰っていった。 その時、俺は知らなかった。 彼女の僅かな変化に。 .
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