31人が本棚に入れています
本棚に追加
その熱視線は随分と前から感じていた。
そしてそれを送る主が彼女だと気づいたあの日の胸の高鳴りは、今も忘れていない。
笆乃哀――ハノ アイ。
容姿端麗、成績優秀。絵に描いたような美少女が、今目の前に立っている。
ただ立っているのではない、待っているのだ。彼のコトバを。
彼がここに至るまでに考えてきた何通りものコトバの一つを聞くためだけに、今ここにいるのだ。
そんな笆乃を目の前にして、彼はそのコトバをなかなか言い出せずにいた。
憧れの人物が目の前にる。
艶やかなロングヘアを靡かせながら、穏やかな表情で首を傾げる仕種に、正直なところ彼はコトバを見失っていたのだった。
若い男子が女子を誰もいない校舎の片隅に呼び出して告げるコトバなんて、きっと多くない。
彼女とて、それは察しているはずだった。にも関わらず、嫌な顔一つせずに以前から変わらぬ熱を帯びた視線を彼に向けているのだ。
もう何も迷う事はない――。
彼は風が止むのを待ち、そして一瞬の凪が訪れると自然と口が動いていた。
「俺、笆乃の事が――」
と、その時だった。
それが降ってきたのは。
「その告白、ちょっと待ったー!!」
驚いて見上げたのは彼だけじゃない。
笆乃も声の降ってきた方向を見上げ、口をおさえながら絶句した。
少女が降ってきた。
2階の窓から降りてきたんだろう、ちょうど真上の窓が開いていた。
飛び降りた衝撃で足が痺れたのか、少女はしばし黙ってうずくまる。
その場にいた二人は、ただ呆然としていた。
――何だ、コイツ?
少女はむくりと起き上がると、やや涙目で、しかし眉を吊り上げながら改めて宣言する。
「その告白、待った」
彼が思い描いていたコトバは、一つとして発せられることはなく、目の前に降ってきた少女によって待ったをかけられてしまったのだった。
そしてそれが、始まりだった。
いや、終りだった。
最初のコメントを投稿しよう!