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「能登!」
言葉が叫ぶ。
そうだ、呆然としてる場合じゃない。
だが、冷静でいられることなんて出来なかった。
言葉とて好きな人の口唇を奪われたのを目撃したはずなのに、彼女は叶助よりずっと冷静に状況を判断しているようだった。
叶助を庇うように下がらせ、そして相手の動きから視線を外さない。
しかし、連中の狙いは叶助や言葉ではなく、笑名先輩と――笆乃にあるようだった。
ふと気づく。
笆乃がキスをした理由。
叶助に期待をさせておいて、裏切るような行為の意味。
叶助の涙が消えた先、笆乃の手の中の光。
それらが意味するものは、つまり、笆乃は――、
「へえ、こんなに適合するんだ」
笆乃は感心した様子で手の中の光を見つめる。
詰め寄ってきた敵の攻撃は、笑名先輩の“笑み”が作った見えない壁によって阻まれた。
そして、傍らの笆乃は、叶助の涙から吸収した光を自らの中に取り込む。
すると、笆乃の身体が淡い輝きを放ちはじめた。
それが、笆乃が持つ異能の力。
「その力、間違いない。『ラフ』、『クライ』だな」
相手のリーダーがそう言ったのが聞こえた。
『ラフ』と『クライ』。
前者は笑名先輩であり、後者は――
「笆乃……が、感性力異能者」
「能登、逃げるわよ」
「でも二人が」
ふいに、何かが割れるような甲高い音が響いた。
割れたのは笑名先輩の“障壁”であり、そして割ったのは笆乃だった。
打ち出した拳から発する衝撃波で、内側から。
その向こうにいる敵もろとも、弾き飛ばしたのだ。
笆乃の身体から、余波のように溢れ周囲に拡散する粒子は、場違いな程に笆乃の美しさを引き立たせた。
「能登、行くわよ。きっと大丈夫よ」
叶助は頷きはしなかったが、その場に残ろうともしなかった。
その力――笆乃が持つ異能の力を実際に見てしまったら、もうその場に留まることは出来なかった。
喪失感にも似た絶望を残したまま、言葉に手を引かれるままに叶助はその場を後にした。
笆乃は一度も振り返ることはなかった。
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