一章 湖畔の男

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――闇の記憶はいずれは薄れる ――忘却を免れるただ一つの方法 ――それは語り継ぐこと 魔女は水底に在り。 日輪の馬車が空をかけ西へ沈み、月影の馬車が空へと駆ける頃に目覚めて歌を紡ぐ。 その歌は消えぬ怨嗟を抱き…… 日が西に沈み、赤く染められた湖面が次第に空とともに夜の色に染められ、月が顔を出し始める。 そんな中湖を囲む森の中を近隣の村を目指して歩く三人の人影。 「村へはまだもう少しかかる。暇つぶしに面白い話をしよう」 道に迷ったとおぼしき十にも満たない年頃の姉弟は互いに手を握り歩みつつ、声の主を見上げる。 「何故、この湖に魔女が出るといわれるのか知りたくはないかい? 」 声の主、湖の畔で出会った男はそういって楽しげに人差し指を立てる。 姉弟に比べて彼の背はかなり高いためその顔は口から上は闇に溶け込んでいる。 「村の掟にも関係あるの?」 その言葉に姉の方は彼を振り仰いで問いかける。 二人の住む村にはある掟があった。 『落日の後の湖には決して近づくことなかれ』 曰く、魔物が出ると。 確かに二人も小さい頃より夜に森から歌声の様なものを聞いたことがあるが、大人に聞いてみても多くを語ってもらえず少し不満であった。 知るべきことではない、姉弟の知る大人は言った。 知るべきことではない……その禁忌への意識もあるのかもしれないが、大人たちの様子はひょっとすればそのことに対してほとんど知らないとも取れるものであった。
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