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「若様、それじゃ全然だめですぜ。あーあー、なっちゃいないね、まったく」
そう言ったのは、浅黒い顔の中年の男だった。すぐ横から良尚の手元を見ていた彼の顔には、言葉とは裏腹に、暖かさがにじんでいる。
「手伝ってもらえるのはありがたいんですけどね」
畑でしゃがみこんで作業していた良尚が、それを聞いて、苦笑いを浮かべながら腰を上げた。
「なかなか難しいものだな」
「なに、慣れれば簡単にできますよ」
中年の男、松吉は、よく日に焼けた顔を良尚に向け、白い歯を見せた。
内心、彼は残念に思わずにいられない。
いつも、良尚は実に熱心だった。真剣に農作業を学ぼうとしているのが伝わってくる。飲み込みも早いし、覚えもいい。
良尚が自分の息子であったら、いくらでも農作業を手ほどきしたのだが。本当に残念だ、と今日まで何度思ったか知れない。
ふと良尚の視線が松吉からはずれ、周囲に広がった。それを追いかけるように彼もあたりに目をやる。
すると、顔をほころばせこちらを見やる村人たちと目が合った。
どうやら、他の村人たちも自分と同じような気持ちでこの少年の働きぶりを見守っていたらしい。
「ツネ婆! 無理をするとまた腰を痛めるぞ!!」
良尚の明るく澄んだ声が、秋の高い空に飛んだ。良尚が、村一番の長寿を誇る老婆、ツネを見つけたようだ。
松吉も背後を振り返る。遠くに小さく、天を仰ぎ見て背伸びをしている彼女の姿が目に止まった。
良尚に気付いた老婆はその年齢からは想像できないような大きな声で答えた。
「おまえのような、ひょろっこい若造に心配されるほど、やわじゃないわいっ!」
良尚が目をまるくさせ、のけぞる。
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