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良尚が手を止め、声の方を向く。良尚よりも少し年長だろう、背の高い男が立っていた。
この男は、いつも良尚と一緒に現れる。良尚の側近の一人なことはわかるが、主人とちがって実に無表情な、つまらない男だった。
松吉を含め、村人たちは、この男がいつも良尚を奪い去ってしまうので、面白くない。
「鷹雄(たかお)か。おまえもこっちにきて手伝え」
良尚は、笑顔で鷹雄と呼ばれた男を手招きした。鷹雄は眉一つ動かさずに、もう一度良尚の名を呼んだ。
「なんだ」
次の良尚の返事は、少々不機嫌さを含んでいた。
そんな様子を見ると松吉は嬉しくなる。
この若様も自分たちと一緒にいることを楽しいと思っていてくれているのだ。もちろん、そこには身分という見えない壁と、主従という鎖がまとわりついているのだが。
しかし、こんな主人のためならば、どんな小さなことでも力になりたいと思わずにはいられない。
「そろそろ殿がお戻りになられる頃です」
その鷹雄の言葉に、良尚がぴたりと動きを止めた。そして、小さく、げ、と呟いたような気がした。
「それを早く言え!」
良尚は慌てて立ち上がり、周囲に聞こえるように声を張り上げた。
「すまん、また来る!」
良尚は、言い終わるが早いか、鷹雄の引いてきた馬にひらりとまたがり、あっという間に小さくなった。まるで風のようだと、松吉は口元を緩ませた。
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