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「ありゃ~、また、殿様にこってりしぼられるな」
松吉の呟きを聞いた松吉の妻は、からからと声をたてて笑った。
「体中が泥だらけだからね。着物を着替えただけじゃ殿様の目はごまかせんだろうね、たぶん」
二人は顔を見合わせて、同時に噴出した。
◇◆
良尚は、屋敷に着くと自分の馬を馬番の鷹雄に預け、足早に自室へ向かった。しかし、ふと頭を先日の焼け落ちた村の子供の顔がよぎった。
「あの子供はどうしている?」
良尚は振り返らずに、背後に控える鷹雄に声をかけた。
「相変わらず、一言も話しません」
良尚の顔が一瞬だけ曇る。
「そうか」
良尚は何かを振り切るように、勢いよく鷹雄を振り返った。
「ならば、後で名をつけてやろう。呼び名がなければ、困るだろう?」
良尚は笑顔を向けた。しかし、うまく笑えなかったような気がした。それを鷹雄に見抜かれる気がして、すぐに目をそらした。
「あの子供は、自分で火の中に入ろうとしていた。気をつけてやってくれ」
良尚はまるで鷹雄の目から逃げるように、屋敷の中へ入っていった。
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