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「わかった、わかった。藤乃、わかったから」
「何がわかったというのですか。そのお姿で!」
そういわれた良尚は、先ほどまで畑にいた泥だらけの着物に袴姿のまま。その上、顔や腕には、からからに干からびた泥がこびりついていた。
「誰か、濡れ布と着物を持て」
藤乃は部屋の外に控えている女官に命令した。そして、再び良尚を振り返ると、さあ続けましょうかと言わんばかりの鋭い視線を向けた。
「よろしいですか。そもそも、我らが殿、良兼様は────」
逃がしはしないぞという気迫に満ちた藤乃の背後に、燃え盛る炎の幻を見た。
良尚はげんなりして、肩を落としながら藤乃に適当にあわせて相槌を打つしか、この場を逃れる手は無かった。
身なりを整えた頃には藤乃の怒りも鎮火していた。
それにしても、なかなか父が現れない。
これは、本当に何か大事が起きたのだと直感した。
思い立った良尚は、閉じても手の平の幅ほどある扇を掴むと、部屋を飛び出した。
その様子にあっけに取られ、静止するのを一瞬忘れてしまった藤乃が、良尚を追って部屋を飛びでた時には、良尚の後ろ姿はもう良尚の父の自室に消えていた。
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