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そこへ、同じくその場から動かなかった肝の据わった男が、大きな声を上げた。
「何をしている!! 矢を放つのだっ!!」
村に扶の太い声が響きわたった。六割ほどの扶の私兵が、ぎくりとなって、動きを止めた。
争いあっていた者たちも、お互いに顔を見合わせたかと思うと、持ち場に戻った。一瞬で本分を思い出したのだろう。
結局、二十余名が主人と獣の間に立ち、弓を構えた。
「放てっ!」
扶の声にあわせ、無数の矢が放たれた。矢は放物線を描いて、いっせいに獣に降り注ぐ。
(やったか!)
兵士たちの奮闘ぶりを見守っていた松吉も、眼差しに期待をこめた。さすがの獣も、これではひとたまりもないだろう。
しかし、すぐに期待は絶望となって、松吉を凍りつかせた。
(矢が……消えた……。一つ残らず……)
放った矢は、獣を傷つけることはおろか、触れることすら出来なかった。白き獣を包む炎が、一瞬にしてすべての矢を焼き消したからだ。
矢は、まったく無力だった。
誰もが戦意を手放し、立ち尽くす中、ついに獣が動いた。
松吉が瞬きをした次の瞬間、白き獣は兵たちの手の触れそうな距離に、悠然と立っていた。
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