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今度はゆっくりと、獣の足が前に踏み出される。足音がしない。
(!)
松吉は、はっとした。
あきらか、獣の鋭利な視線は自分に注いでいる。
(……ワシ……か?)
獣の標的は、自分だ。
ほかの人には、まるで興味がないようにも見える。
こんなに大勢の中から、なぜか自分が狙われている。
先ほどは、一瞬で、標的の前に移動した獣は、まるで松吉の反応を確かめるように、大地を踏みしめるように、ゆっくり前進してきた。
また一歩、松吉に近づいた時、すぐ隣にいる鮎太郎が小さな悲鳴を上げて、腰を抜かした。
背後にいる村人たちが、這うように逃げ出すのも、振り向かずとも気配でわかる。
だが、松吉は逃げようとは思わなかった。
獣の二つの赤玉から目を逸らすことなく、静かに見つめ返した。自分でも驚くほど、呼吸も落ち着いている。
「……ま、松吉さん!」
鮎太郎が、逃げよう、と松吉を促す。
その間も、獣は一歩一歩、松吉に近づいてくる。
と、その時だった。
『松吉さん』
松吉は、反射的に辺りを見回した。
「松吉さん?」
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