17 風にのせて(後編)

8/68
3093人が本棚に入れています
本棚に追加
/466ページ
 今度はゆっくりと、獣の足が前に踏み出される。足音がしない。 (!)  松吉は、はっとした。  あきらか、獣の鋭利な視線は自分に注いでいる。 (……ワシ……か?)  獣の標的は、自分だ。  ほかの人には、まるで興味がないようにも見える。  こんなに大勢の中から、なぜか自分が狙われている。  先ほどは、一瞬で、標的の前に移動した獣は、まるで松吉の反応を確かめるように、大地を踏みしめるように、ゆっくり前進してきた。  また一歩、松吉に近づいた時、すぐ隣にいる鮎太郎が小さな悲鳴を上げて、腰を抜かした。  背後にいる村人たちが、這うように逃げ出すのも、振り向かずとも気配でわかる。  だが、松吉は逃げようとは思わなかった。  獣の二つの赤玉から目を逸らすことなく、静かに見つめ返した。自分でも驚くほど、呼吸も落ち着いている。 「……ま、松吉さん!」  鮎太郎が、逃げよう、と松吉を促す。  その間も、獣は一歩一歩、松吉に近づいてくる。 と、その時だった。 『松吉さん』 松吉は、反射的に辺りを見回した。 「松吉さん?」  
/466ページ

最初のコメントを投稿しよう!