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「今、鷲太の声がしなかったか!?」
「何、言ってるんだ、こんな時にっ! さあ、逃げよう!」
松吉には、確かに聞こえたのに、すぐ近くにいる鮎太郎には聞こえ無かったようだ。
だが、確かに鷲太の声だった。
空耳だったのだろうか。
いよいよ、死期が近いということだろうか。
松吉が小さくため息をついた時、再び松吉の頭に声が響いた。
『松吉さん。僕だよ』
無言で、松吉は前方を見た。獣の瞳が煌く。
ふわりと柔らかな風が、松吉の髪を揺らしたかと思えば、松吉のすぐ目の前に、獣が瞬時に移動した。
いつの間にか炎が消えていて、触れるほどの至近距離で見た獣の白い毛は、透き通るように煌いて見てた。
触れば羽毛のように柔らかく、お日様のいい匂いがしそうだ。
「……鷲太なのか?」
松吉の手が、吸い込まれるように獣の鼻先に伸びていく。
『そうだよ。僕だよ』
「本当に、鷲太なのか?」
松吉の瞳をじっと見つめながら、獣は口端を少しだけ上げた。
(笑った……?)
『みんなを迎えにきたんだ』
その瞬間、この恐ろしい獣が、確かに鷲太に見えた。
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