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と、その時、それまで炎の音しか聞こえなかった彼の耳に、不思議な声がささやきかけてきた。
──おいで。もう、苦しむことも、悲しむことも、一人ぼっちになることもない。だから、こっちへおいで──。
誰かいる。
あの炎の中で、自分を優しく呼ぶ声がする。
「……母ちゃん?」
彼は胸が高鳴るのがわかった。
ああ。
母ちゃんが呼んでる。
僕を待ってる。
(待ってて。今行くよ)
彼は、また一歩、また一歩と“赤”へと足を進めた。
そのたびに、心も体も軽くなるような。
この世から、だんだんと魂が抜け出ていくような。
そんな不思議な感覚にとらわれた。
そして、彼が“赤”へとゆっくり手を伸ばした、その瞬間。
「おいっ!」
彼は自分の体が、ふわりと浮き上がるのを感じた。
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