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ああ、これが死ぬってことなのか。妙に納得する。
これで自由だ。
自分はもう、苦しみから解放される。
(暖かい……)
次に感じたのはそんな感覚だった。
例えるなら、遠い昔、母ちゃんの腕に抱かれていた時の温もりに似ていた。でも、母ちゃんとは違うのはすぐにわかった。
別の、もっと柔らかくて暖かくて、すべてを任せてもよいと思わせる……そんな包容感。
これが、自分を迎えに来た天女の腕なのか。
彼は、目を閉じそんなことを考えていた。
「怪我はないか?」
彼の背後から柔らかい声が聞こえてきた。
聞こえてきたその声で、彼はゆっくりと瞼を押し上げる。
「……」
焦点の合わない彼の目に、少しだけ黒い色が戻る。すると、それを合図にするかのように、一度放棄した彼の五感が、すーっと次々に引き戻されていく。
(……あれ?)
いつもより視野が高い。しかも、ふさふさと柔らかな毛と、暖かな生き物の温もりを太ももに感じる。
そうか、馬だ。自分は今、馬に乗っている。でもなぜだろう。乗った覚えなどないのに。
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