第十一話 運動会と俺

13/95
前へ
/558ページ
次へ
「尻尾かくに~ん」 彼女は小さく頷く。 ……うん、見えない。 「猫耳かくに~ん」 一瞬こちらを憎むが、手に持っていた帽子を頭に被る。 ……うん、こちらも見えない。 よし、準備は調った。あとは玄関を出て、外の世界に旅に出るだけだ。 扉を開け、足を一歩踏み出……せなかった。 俺の前に立ち塞がった何かが見えたからだ。 危うくぶつかるところだった。 恐る恐る……というわけでもないが、目線を目の高さに移す。 目に入ってきたのは、唯一棗意外の、この家を自由に出入り出来る母さんだった。 「早かったな。ちょっと散歩行ってくるから」 「いきなり出てこないでよ。びびったじゃない。……ふぅ、まぁ行ってらっしゃい“棗ちゃん”」 ……俺にはないのか、行ってらっしゃいは。 俺を横にどかし、ずいずいと家の中へ進出してきた。 あ、そういえば、母さんに伝えておかなきゃいけないことがあったな。 「棗、先に外に出てていいぞ」 疑問を浮かべたような顔で俺を見つめたが、しばらくして、開いたままの扉を出た彼女。 俺はそれを確認してから、中に入っていこうとしている母さんを呼び止め……いや、一言伝えておく。 「洗いもの頼んだ!!」 「はぁ!? ちょっと、おま一一一」 無情にも母さんが言い切る前に扉は閉まってしまった。 しまって、しまった。 ……いや、なんでもない。ただの妄言だ。 これ、言ってみたかっただけだから。 まぁとりあえずこれで俺と棗は自由だ。 帰ったときのことは……考えないようにしよう。  
/558ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4719人が本棚に入れています
本棚に追加