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「尻尾かくに~ん」
彼女は小さく頷く。
……うん、見えない。
「猫耳かくに~ん」
一瞬こちらを憎むが、手に持っていた帽子を頭に被る。
……うん、こちらも見えない。
よし、準備は調った。あとは玄関を出て、外の世界に旅に出るだけだ。
扉を開け、足を一歩踏み出……せなかった。
俺の前に立ち塞がった何かが見えたからだ。
危うくぶつかるところだった。
恐る恐る……というわけでもないが、目線を目の高さに移す。
目に入ってきたのは、唯一棗意外の、この家を自由に出入り出来る母さんだった。
「早かったな。ちょっと散歩行ってくるから」
「いきなり出てこないでよ。びびったじゃない。……ふぅ、まぁ行ってらっしゃい“棗ちゃん”」
……俺にはないのか、行ってらっしゃいは。
俺を横にどかし、ずいずいと家の中へ進出してきた。
あ、そういえば、母さんに伝えておかなきゃいけないことがあったな。
「棗、先に外に出てていいぞ」
疑問を浮かべたような顔で俺を見つめたが、しばらくして、開いたままの扉を出た彼女。
俺はそれを確認してから、中に入っていこうとしている母さんを呼び止め……いや、一言伝えておく。
「洗いもの頼んだ!!」
「はぁ!? ちょっと、おま一一一」
無情にも母さんが言い切る前に扉は閉まってしまった。
しまって、しまった。
……いや、なんでもない。ただの妄言だ。
これ、言ってみたかっただけだから。
まぁとりあえずこれで俺と棗は自由だ。
帰ったときのことは……考えないようにしよう。
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