第十一話 運動会と俺

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やっと母さんと棗の体が起動し始め、テーブルからその身が離れたというところで今日の夕食は開始。 運ぶのは棗も手伝ってくれたおかげですんなりと俺もテーブルを囲むことが出来た。 本当にいい子だわ~、棗さん。 「「いただきます」」 俺と母さんの声がピッタリと重なり、そのあとの極少の棗の美声が聞こえる。 これにはもう慣れた。極少とは言ってもちゃんと聞き取れる声だしな。 うん、日本に住む人々の文化の極みを忠実に守ってる。 まぁそういう感じで食卓の時間は淡々と進んでいった。 母さんの棗への執拗なまでの執着と、それにたいする彼女のスルーは俺の目に焼き付いている。 「ほら、これも美味しいから。はい、あ~ん」 「………………」 「母さん、見るからに彼女うんざりしてるから」 言っても分からないやつには聖なる制裁を加えてやりたいものだが、どうやら俺が口を出さずとも彼女は大丈夫そうだ。 だってほら、完璧なるスルーだもん。 母さんを眼中に全く入れずに、ただ食事に向けるその一心な目が……俺は好きです。 「棗、ほら、あ~ん」 「……あ~ん……」 俺の箸が掴む卵焼きを彼女は小さな口でくわえ込む。 ああ、愛おしい、可愛らしい……。 「……へっ、これが俺と母さんとの違いだ」 「く……、我が一生に一滴の悔いはなし……」 俺と母さんはなんのコントをしてるんだろうな? 黙々と極少量を食べ進める彼女を前に……。 明らかに悲しい存在と化しているぜ。  
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