第十一話 運動会と俺

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「うぃやっほ~ぃ、棗ぇ~い」 どこかの委員が応援席辺りでタスキ&手ぬぐいを集めていた。 もちろん、手に持つ手ぬぐいはそちらに渡して、俺は棗の元へと向かったわけだ。 道行く人の荒波を掻き分け掻き分け、気付いた頃には保護者スペース。 いや、道行く人はあんまりいないんだけどさ。ほら、気分を出すためにな。 数回道行く人をかわしたってことでいいだろ。 「……作者ぁ……」 軽い人込みの奥から聞こえた小さな小さな美声。 「おっす、棗。えっと、見ててくれたか?」 俺は視界に入った棗の元へと歩みを進め、そして問いかけた。 こくっ……っという小さな頷きを、彼女は俺に見せる。 彼女のこちらに向ける瞳からして、これは本当のことだろう。 というより、競技中に目があったもんな。 ……感想、聞いてみたいものなんだが、たかが増人増脚ごときじゃしにくいよな。 リレーのときにでも尋ねてみようか。 「棗、そういえば……母さんは?」 いきなりふと思い付いたことなんだが……、先程までには棗の傍にいたはずの母さんの姿が見えない。 棗はトラック内に一番近い、トラックと保護者スペースの間のロープで作られた簡易な柵に手をかけている。 この左右に母さんの姿が見えないってことは……この近くにはいないだろう。 そういえば競技中も母さんの姿は見えなかったし。 「棗、母さんは?」 やっぱり聞いてみるのが一番だよな。 「…………んむ……」 口を若干むすっと尖らせながら、彼女は俺の真後ろを指差す。 俺、なんか見落としたところ……あったか?  
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