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どれほどの時間、桜に見惚れる女に見惚れていたであろうか。
『かしゃん』と何かを落とす音で、海は現実に引き戻された。見ればそれはその女が何か落とした音らしい。少し離れている場所に立っていた海の耳にも入る音だったのに、気が付かなかったらしい彼女はスカートを翻し、駅舎の方向へと走って行った。
「ちょっと……」
海はかなり大きな声を出してその背中に呼びかけたが、聞こえなかったのか自分に向けられたのだとは気がつかなかったのか、そのまま駅舎へと消えていく。代わりに周りにいた人が、大声を出した海を無遠慮に見ていて、彼は少し顔を赤らめ誤魔化すように咳払いをし、桜の樹の女が立っていた場所へと向かった。
彼女の立っていた場所に落ちていたのは、シルバーの携帯電話だった。少し古い無骨なデザインで、ストラップも付いていない。高校生の女の子の携帯電話とは思えないが、間違いなく彼女が落としていったものだろう。
ホームに、居るかな。
同じ高校なら、当然乗る電車だって同じだ。そこで渡せばいいやと携帯電話を拾ったが、その海の耳に飛び込んできたのは、電車が駅に停まる音だった。
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