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鼻を啜りながら涙を拭っていると、修兄ちゃんはうなだれて深い溜め息をもう一度吐き出した。
「……悪い、エーシ」
低い声で呟いた。何故か落ち込んでいるように見える。
「修兄ちゃん?」
「お前が……そうなったのって、やっぱ、俺のせいなのかなって」
床に座り込んで、修兄ちゃんは苦しそうな顔で髪をかきあげた。乱れた髪が白い額に影を落とす。
「引っ越す前、蔵ん中で……俺があんなこと、したから。お前まで……」
あぁ。修兄ちゃんは『あの時』のことを言っているんだと、俺はようやく気が付いた。
修兄ちゃんが遠くに引っ越す前の日。
ギリギリになってその事を知らされた俺は、思いっきりふてくされてた。直前まで言えなかった修兄ちゃんの気持ち、今なら簡単にわかるけど、あの頃はまだガキだったから。
修兄ちゃんは、そんな俺に「俺がいなくても大丈夫だよ」と言って微笑んで、そっと……。
「……違うよ。修兄ちゃん。それは、違う」
「でも」
「修兄ちゃんのキス、嬉しかった」
「……え?」
ぎこちない笑顔で言った俺を、修兄ちゃんは驚いたように見た。
あの頃、俺達は朱に染まった屋根裏部屋で。
一回だけ、触れるだけのキスをした。
「多分、俺は最初からそういう人間なんだよ。何の違和感も無かったんだから。それより、ずっと……。……嬉しくて……寂しくて……」
素直な言葉が次から次へと流れ出る。
それでわかった。修兄ちゃんにだけは、気持ちをごまかせなかったこと。
誰にも言えない秘密を共有していたからだ。
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