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「本当馬鹿な奴だ…
オレも…
あんたも…
でもなオレに涙は要らないんだよ。
オレは残酷だから、この痛みも嘆きも受け入れられる…」
いつまでも考えてしまいそうな思考を黙らせる様に、標的の一瞬の隙を突いて引き金を引いた。
突然パタリと倒れた標的に、付き添いの男が慌てて引き起こす。
「…そいつはもう死んでるよ。」
呟やきながら、素早く獲物をケースにねじ込んだ。
何事も無かったかの様な軽い足取りで、階下へ向かう。
ビルの三階には楽器店が…
その入り口を横目に、簡素なロビーから現れた男は、既に楽器店の客でしかなかった。
肩に掛けたケースの中に、まさか狙撃銃がしまわれているとは、誰も思わない。
何かの楽器にしか見えないそれを肩にかけ直し通りに出た。
騒然とする渦中に驚いた様な素振りで溶け込み、少ししてから男は人垣に背を向ける。
何もかも完璧だった。
男を止める者は誰も居ない。
路地を曲がろうとした次の瞬間、胸にズキンと痛みが走り、立ち止まった。
もう一人の人格が頭に浮かんで、振り返る。
頭の中で警鐘が鳴り響いた。
止まったのも振り返ったのも偶然だろ?
自分自身に言い聞かせる思考に嫌気がした。
偶然なのに何故こんなにもこの空間では異質なんだ?
答えは簡単な事だ。
突き刺す様な視線に、舌打ちする。
「残酷な世界だよ本当…」
視線の正体は付き添いの男…
何も知らない者達の中で、睨み合う二人は酷く異質だった。
眠りについた片割れの感だろうか…
付き添いの男が同業者だと訴えかけてきた。
偶然なんかじゃない。
オレの足を止めさせたのは、あんたの仕業なんだろう?
自身の胸の内に問い掛けても返事は返らない。
心臓が早鐘を打ち、睨み付ける視線に唇は声を上げずに動いた。
残酷だろ?
付き添いの男の視線が一層キツくなった。
やがてパトカーのサイレンの音が聞こえて、男は踵を返す。
踏み出す足、遠くなる喧騒、片割れの嘆く痛みが胸をジクジクと蝕んだ。
「あんたにとってこの世界は、苦しみでしかないというのに…
…目覚めるのか?」
片割れに語りかけたが応えはない。
「あんたには返さないと決めたんだ。
ここには痛みしかないのだから…」
残酷でなければならない。
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