体験学習

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「あのー」 「…」 「もしもーし」 「…」 「八代先生ー?」 「…」 八代は黙ったまま正面を見つめ、ぴくりとも動かない。 普段はあまり気にしないが、珍しい赤みがかった茶色の髪。 いつでも無気力だが、切れ長の美しい瞳。 いつもぎゃあぎゃあと喚いてはいるが、考えてみれば声も… 中身さえ知らなければ、八代はまるで誂えられたように完璧であった。 「…後は中身か」 「何か言ったか香尋」 「いーえ何でも」 愛季は窓の外を見やり、雪原を音もなく進むこの車が高級車であると漸く理解する。 そう言えば運転手もやたら身なりの整った老紳士であるし、愛季はふと八代に尋ねてみた。 「八代先生、この車は?」 「あ? 車種聞いてんのか?」 「いえ、左ハンドルですから外車だとは分かりますけど… そうじゃなくて、何で八代先生の電話ひとつでこんな車が来るのか聞きたいんです」 「何だ、ンな事か」 八代は懐から煙草を取り出して火を点けると、何とはなしに言い切った。 「俺の所有物だからだ」 「…へ」 「お前が今朝出てきた旅館も、今走ってるだだっ広ェ雪原も。ここら一帯… そうだな、半径20kmぐれェか。俺の土地だ」 八代が言い終わるや否や、車が軽くブレーキの音を立てて止まる。 愛季が窓の外を見ると… 『お帰りなさいませ、龍夜叉様!!』 …アニメや漫画でよくある、あの。 メイド攻撃が繰り広げられていた。
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