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「愛季様、右手をいかがされました?」
「ん、これ? 切れた」
短く答える愛季。
そのあしらい方から、時雨はそれ以上聞く事をやめた。
代わりにハンカチを取り出し、血の滲んだ愛季の手をそっと拭く。
「屋敷に入ったら、ちゃんと手当てさせて頂きます」
「別にいいのに」
「いけません」
頑なな物言いに、愛季は笑った。
「時雨さん、お父さんみたいだ」
その笑顔は、どこか淋しげで。
愛季が強がっても12歳であるという事実を痛感させた。
「僕のお父さんも、そんな風に優しい人だったんだよ」
「それはそれは」
傘を持ち直し、時雨は答える。
「勿論、お母さんも。すっごく優しくって美人だった」
「幸せなご家庭だったのですね」
「うん、勿論」
愛季がそう答えて漸く、広い庭が終わりやっと屋敷の入り口に辿り着いた。
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