女博士『リョクレン』

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「あ! そうそう」  そう突然言い出すと、リョクレンは自分の負い箱を下ろし蓋を開け、ジャモンが斬り殺した『セツロウ』の傍らに油紙を広げ始めた。  なにが始まるのか? 半ば興味深く、半ば訝しげに見守るジャモンとシンシャに。 「しばしお時間を頂戴出来ますか?大事な仕事を忘れおりました」  とに断りつつ、油紙の上に様々な道具を並べ始める。  鋭利な小刀、ハサミ、小さな鋸、計り、鉄の箸、油紙の小袋数枚、竹の筒、焼き物の小壺などなど。  一通り並べると今度は雲母の眼鏡を掛け、紙の面覆いを被り、これも紙の前掛けをまとい皮の手袋をはめる。  寸分の隙もなく我が身を覆い尽くす形だ。  気がつくとジャリも同じ様な格好で傍らに立つ。手には帳面と筆。 「それではジャリ、始めましょう」  そう彼に声をかけるとおもむろに『セツロウ』の横腹に穿たれた傷口に手を突っ込んだ。  雪面にどす黒い血が染み込み、死んだ肉が湿った音をたてる。  シンシャは顔を思わずそらせ、流石のジャモンも眉を顰めたが、リョクレンは頓着なく傷口を弄り続ける。 「頬から入った刃が下顎を欠損させ、喉から肺府を切り裂いて心ノ臓まで真っ二つにしている。胃の府、腸も飛び出させてるわ。ジャモン様、やはり素晴らしい腕前ですわね」  さっきまでの乙女の様な浮かれた口調は、いつの間にか失せ、淡々とした物言いが彼女の口をついて出た。  次いで、小刀を取り傷口を切り広げると、鋸で骨を断ち『セツロウ』の内臓を綺麗に切り出す。 その一つ一つは大きさや重さが計られ、帳面付けされ絵図も描かれる。  そして、橇状に成った前足は肘から切り落とし、油紙の袋に収められ、内臓の一部も壺に詰められた。  一連の作業が終わると、『セツロウ』の骸や内臓に雪を掛け隠し、道具はいつの間にかジャリが小鍋で沸かしていた湯で拭ってしまい込まれる。 「さて、腑分けはオシマイ。後は狐狸烏の類が綺麗に片付けてくれますわ」  前掛け、眼鏡を取りながら無邪気な笑顔で言うリョクレン。  しかし、ジャモンは呆れかえり、その背後でシンシャは前触れもなく始まった凄惨な場面に目を回している。 「お役目だから止もうえんでしょうが、やるならやると断ってもらいたいですな」  憮然と言うジャモンにリョクレンはひたすら頭を下げるほか無かった。
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