奴婢ノ市

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『ホウノの国』を流れる『ホウノ川』と『イヒ川』  二つの川が合流する『西の出会い』では、その広大な川原を使って、毎年永月(ナガツキ)の二十日には市が立つ。  都や町で仕入れた珍しい品を売る玄人の行商人から、近郷近在の国や郡、町や郷、里や村から来て、自分の作った農作物や手工芸品を売る百姓、猟師、籠編み師、塗師、木地師、果ては遊芸人やら、祈祷師、乞食、盗人、スリ、詐欺師に至るまで無数の人々が集まり、盛大に己の商いを行う。  しかし、この市で最もにぎわう商いは人を売ることだ。  つまり奴婢(ヌヒ、奴隷の意味)の市。  こればっかりは専門に生業とする奴婢商人が取り仕切る。  戦の捕虜や捕縛された罪人の払い下げ、捕らえられた流人、奴婢狩りに拐かされた者等など、様々な理由で奴婢に身分を落とされた者が取引される。  大抵は荒縄や鎖で数珠繋ぎにされたり、頑丈な竹の格子で作られた舟や牛車で運ばれたりしてここまで来て売りさばかれるのだ。  買いに来る者たちも様々。  娼館の女衒(ゼゲン)、転売目的の別の奴婢商人、使い捨ての効く働き手が欲しい富農や豪商、夜、床に侍らせるオモチャを欲しがる金持ち。  それらの者や、その代理が、無数の欲にまみれた目で、汚れきり、疲れ果て、異臭を放つ奴婢たちを睨み、眺め、品定めする。  そんな、連中に向って奴婢商人共は自慢の大声を張り上げ、独特の節回しの口上で客を引くのだ。 「さぁ! 西や東、南や北の目利きの旦那方! 今日は粒ぞろいの奴婢共が揃っておりますぞ!」 「この娘をとくとご覧あれ! 美人の産地、タヒの国より連れて参ったイキのいい女奴婢でございますぞ!」 「東の果てより連れて参った荒エビス、ナリは悪いし汚いが、丈夫なのは折り紙付き、こき使っても少々の事では死なないよ!」  そんな、雑然とした人混みの中を、一人の男がうろついていた。
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