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市を行き交う人々から、頭一半は抜き出た偉丈夫。広い肩幅、濃い藍染の筒袖の上からでも、はっきりと解る逞しい腕、厚い胸板。
力強い眼光を持つ双眸は、しかし、辺りを徘徊する渡世人や流れ者の武人、市を仕切る顔役の下働きの三下共が持つ剣呑な鋭さでは無く、どこか剽悍としている。
渋染めの木綿を被せた菅笠、毛皮の半纏、木綿の袴に刺し子の脚絆、手甲、皮の底に鉄の鋲を打った地下足袋。腰には長大な山刀。
明らかに他の者達とは異なる雰囲気、出で立ちではあったが、更にこの男を周りから浮き出させていたのが、背に担った鉄砲だった。
小柄な女人の身の丈程あろうか、先込め式の火縄銃なのだが、六本もの銃身を束ねた形で、異様な拵え。
木の銃握には手の脂が染み、銃身は六本ともよく手入れされ黒光る。それにぶら下がるような銃床は照りが出、細かい傷が無数に有り、使い込まれた風情があった。
男は、獲物を探す猟師の様な視線を油断無く走らせ、奴婢の市を物色する。
その目が決まって止まるのが、幼い娘を商う奴婢商人。
十に届く否かの幼い娘に鎖や縄を打ち、ムシロの上に座らせて「安いよ! お値打ちだ! 」とか「妾や端下女にどうかね!」などとやっている店だ。
視線が止まると店の前に立ち、品の一人一人を丹念に眺め、奴婢商人に細々と質問し、結局、気に入らす立ち去る。
男はそんな事を繰り返していた。
今日十件目の店で、男はまた足を止める。
店先に居たのは、薄汚れた貫頭衣を着せられた娘。
顔は幼いものの目鼻立ちが整い、手足は痩せさらばえてはいるが、骨はしっかりとしており、肌の艶や張りも残っている。
男はその娘の真っ黒な瞳を覗き込んだ。
不意に現れた『客』に、自分の悲惨極まる運命を見て、その目は隠しようの無い怯えの色が現れる。しかし、どこかに男を見上げる視線にも、まだ力が残っていた。
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