奴婢ノ市

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 奴婢商人の近づく気配を感じとり、男は顔を上げた。  娘の後ろには派手な羽織に錦の烏帽子を被った小太りの男。手にはそろばん、腰にはせっかん用の竹の鞭。 「こりゃぁ旦那! お目が高い!」  奴婢商人の良く回る舌が早速動き始める。 「小娘のわりにベッピンで御座んしょう?それもその筈! この娘、実を言いますと先だっての北部征伐で誅滅されたキヤの国のやんごとない血筋で御座いまして、お上としては根絶やしにしたいところで御座いましょうが、まぁご覧の通りの見栄えでござんすから、小遣い稼ぎにはなるとお考えに成られた、さる武将が、私に対し内々に下賜くだされた訳で御座います」  商人がさらに口上をまくし立てようと呼吸を整えた隙に男は手のひらを見せ、二の句を制し、言った。 「血筋云々はどうでもいい、病は無いのか」  満面の笑みを浮かべ商人は答える。 「そりゃぁもう、ピンピンしておりますですよ!」 「確かめるぞ」  有無も言わさず男は娘の顔に節くれだった手を伸ばす。  頬に手を当て、親指で下まぶたをめくる。まず左、ついで右。  娘は、怯えながらがらもなすがまま。 「病は得ていないようだな」  ホッとした様子で、もみ手する商人。 「お安くしておきますですよ」  そんな呼びかけも無視して男はさらに問う。 「生娘か?」  これまた自信満々で答える。 「もう、産まれたまんまの身体で御座います」 「この顔でか? だれも手を付けてないのか」 「値を吊り上げるためで御座んしょう。誰にも指一本触れさせなかったようで御座います。勿論、手前どもも」 「確かめるぞ」  そう言って、男は半纏の懐から一本の小瓶を取り出した。  蓋を開けて、娘の顔に突き出す。  驚いて顔を引いた娘だったが、途端に苦悶の表情を浮かべ、激しく咳き込む。 「ウソでは無い様だな」 「おお、これが噂の沈法香で御座いますか、一度男の身体を知った女がかげば芳しき香りに感じ、生娘が嗅げばとてつもない悪臭に感じると言う!」  瓶にふたを閉め、懐に収めると男は言った。 「幾らだ」
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