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無惨に引き裂かれたシャツは、最早ほとんど意味を持たないものとなっている。
それでも半裸で廊下を歩くより、マシだった。
人影がない廊下。
聞こえるのは、自分のスリッパが地面を擦る音のみ。
切れかけの蛍光灯が点滅し、寂しさを更に深くした。
どくん、どくん
それは、この世界に自分以外、誰も存在しないというような錯覚を引き起こす。
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん
心臓はたくさん動いているのに、暖まるどころか、逆に冷えていく体。
その内、呼吸の仕方がよく分からなくなって、床に座り込んだ。
酸素を取り入れようと荒くなる息に、体中から吹き出す不快な冷たい汗。
ぼんやりと霞む意識の中、俺は“おまじない”を唱えた。
「っ……つき……」
兄の名は甘い響きを持って、鼓膜を震わせる。
すると、不思議なことに体に暖かさが戻り、呼吸が徐々に安定した。
「……有難う、兄貴」
孤独に押し潰されそうになった時の特効薬。
名を呼ぶだけで、こんなに俺は救われる。
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