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今より昔、まだ人が蹴鞠(けまり)や和歌を楽しんでいた頃、この国に一匹の妖狐が現れた。
その妖狐は自身の姿を人に変え、世に混乱を招こうと暗躍する。
しかし、その企みは陰陽師に見抜かれ、失敗に終わった。
退治された妖狐であったが、その怨念はすさまじく、自身の姿を『殺生石』に変え、この石に触れようとする者、近付く者は勿論、近隣の村々にまで災いを降りまき始めた。
ある時、一人の高名な僧侶が現れ、霊力を込めた杖の一打により石は二つに割れ、その中から現れた妖狐の霊は成仏して消えていった。
それ以来、殺生石にまつわる災いの類いは起こらなくなり、その地に平和が訪れたという……。
妖狐の伝説は『三ツ木町(みつきちょう)』という、三方を山に囲まれた町にも存在する。
今はほとんど忘れ去られた言い伝えのようなものだ。
まぁ、それも当然か。なにせ、その言い伝えというのは、一個の古びた石にまつわる話だから。
確か、人間との戦いから逃げ延びた狐がこの地に身を隠したが、強い力を持った巫女によって居場所を突き止められ、石に封印されたとか……。
妖狐の伝説をアレンジしたような民間伝承だ。
ちなみに、その狐が封印されたと言われている石は、今俺が居る『三嶋神社(みつしまじんじゃ)』の境内、そのすぐ脇に苔生した状態で佇んでいる。
こんな昔話を無駄に振り返り、今日という祝日を無意味に過ごしてしまっているのが、俺こと『巽 青夜(たつみ せいや)』である。
「ふぅ~……静かだな」
今日は年に一度、三日間行われる祭りの日……しかも最終日。
現在は昼の十二時で、神社に人の姿は無い……もちろん俺を除いて。
「暇だなぁ~……なんでここに居るんだっけ?」
ここに来た理由……先程まで昔からの付き合いである友人と歩いていたところ、そいつは彼女からの電話で呼び出され、俺は一人取り残されてしまった。
一人で祭りを見るのもつまらないから神社に来たのだが……今は境内で何か催し物が行われているわけでもないため、結局暇を持て余している。
もう帰ろうかと思いながら立ち上がると、目の端に例の石が映った。
「言い伝え……か」
ふと言葉にしてしまったからか、興味を抱いた足は自然と身体を運んで行く。
境内の脇にひっそりと佇む石。近くで見ると、より言い伝えが嘘のように感じられた 。
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