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「どう? 少なくとも友達は貴方を待ってる訳じゃないみたいだけど、何か間違ってる?」
「間違ってない……けど、どうしてそんなこと……」
「教えてもらったから」
「え? 教えてもらったって、誰に?」
この時の俺は、目の前の少女という存在に戸惑ったままで、冷静さを欠いていた。
思考が鈍り、口が勝手に彼女へ質問を投げ掛けてしまったのである。
そんな俺を尻目に、女の子は『ふふっ』と笑って答えた。
「お母さんに」
どういうことだ? 母親から俺の友達のことを聞いたと言うのか? 何のために?
そもそも、この子の母親はどうしてそんなことを知っているんだ?
俺の頭は更に混乱する。
「あっ、そうだ。お母さんが貴方を呼んでたんだ。だから、あたしと一緒に来てくれない?」
「どこに行く気だよ? 」
「どこって……この中だけど?」
女の子は、先程俺が眺めていた石を指差した。
「『この中』って……いや、無理だろ」
どこからどう見ても単なる苔むした石。秘密の入り口を開けるための仕掛けも見当たらない。
さすがに冗談だろうと思い、彼女に視線を戻すが、可愛らしく小首を傾げるだけだった。
「ねぇねぇ、何してるのー? 早く行こうよー。寒いよー」
「知るか。っていうか、黙れ痴女」
「ガーン!」
自分で効果音を言い放ち、ガックリと項垂(うなだ)れた。
そんな姿を目の当たりにした俺は、きつい言い方をしてしまったことを反省する。
「……ちょっと言い過ぎた」
「……」
俯いたままの彼女に手を伸ばした瞬間『ガシッ!』と再び物凄い握力で腕を掴まれた。
「痛っ!」
「あたし、頭にきた。だから手加減しない」
華奢(きゃしゃ)な見た目とは裏腹に、ギリギリと強くなっていく手の力。抵抗を試みるが、圧倒的な腕力と握力の前になす術がない。
そんな反抗を尻目に、女の子は掴んだ腕を引っ張り、俺を石の前に立たせた。
「俺をどうする気だ!」
「この中に入ってもらうの。これ以上の話し合いは堂々巡りになりそうだから」
そのまま無理矢理押し付けられるのだろうと思った俺は身体を強張らせる……が、こちらの予想とは異なり、彼女の強力な手は捕らえていた獲物を呆気なく放した。
「え?」
「じゃ、あたしもすぐ行くから。えいっ」
「うわっ!」
背中を押され、前方の石に向かって倒れていく身体。
急速に近付いているはずなのに、その間はやけに時が遅く流れている。
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