記憶の行き倒れ

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 ただただ見つからない記憶の穴を探し巡る思考に、無表情極まりない表情になっていたでしょう。気がつくと自分の口が開きっぱなしで喉が渇いてしまっていた。  慌てて口元を引き締めたその時、彼女の温かい手が私の両手を優しく握った。深緑の瞳に視線を落とすと、その目元は柔らかく穏やかな慈愛を含んだものへと変貌していた。 「あ、あれ? どうしたん、ですか?」  戸惑う私の手をしっかり握ったまま、彼女の艶やかな唇がゆっくり開く。まるで子を諭す母のような……が、その期待は見事に裏切られた。  柔らかな唇から溢れたのは早口で威圧的な低い声が……。 「まだ分かんねぇかなこの野郎。千年も待たせて回答がこれかよ。おめぇは三つの呪(しゅ)をかけられてんだっつってんだよ! その証拠に行く所行く所災いがあったろうが! てめぇがレンに話したろうが! 大事な事は忘れんじゃねぇっ!」  へっ? 「あの……レン?」  何かの夢でしょうか。こ、この場合、どう対処したらいいのか。私の頬が否応なしに引き攣る。  魔法が解けたように彼女は勢いよく私の手を突き離し、深い溜め息をついた。  いやそれは私も零したい溜め息ですよ。 「今のはアンタの奥に眠る、アンタ自身よ。つまり本来の信(しん)なの。アンタは私にこの力をくれた」  
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