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前置きの宴
もうかれこれ十分程森の中を歩いているだろうか……日頃から運動をしない俺に
とっては過酷な重労働そのものだった。
というのも、俺は今、ある友人の家に行くところなのだ。その友人はとことん変わ
り者で、変なところに気が行くし、大事なところには目もくれないという、まさに支
離滅裂の良い例となっている人物なのだ。
「うう、暑ぅ…ぃ…」
暑かった。今の時期は梅雨の始まりの、丁度熱いと言うか寒いと言うかの境目。気
持ち悪いことこの上ない。さっさと変わり者の友人の家に行ってひとっ風呂浴びよう
かと思っていた矢先……俺は妙なものを見つけた。
「ん?」
少し年期の入ったYシャツのボタンの付け目を前後に揺らしながら、俺はその異物
を覗き込んだ。
その異物は〔甘くて美味しいオホーツク蜜柑〕と書かれた段ボールの中にあった。
「にゃあ……にゃあ……」
なんとも可愛らしい三毛猫がB5の紙と一緒に入っていた。
「お前どうした。こんなところで」
「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
「ん? 何だこの紙切れ…」
俺は何となくそれを拾い上げてみた。少し黄色く着色されていた(誰がつけたのか
はしらんが)が、俺はその文を読んだ。
「………三毛猫、雌。可愛がってあげてください」
困ったもんだ。こっちはこいつと目があっちまってんだ。
「そっか……お前飼い主に捨てられたのか……」
「にぃ~……」
俺の言葉がわかるのか、それを聞いた三毛猫は下を向いてしまった。
「あ、いやいや。そういうわけじゃないんだよ…」
どうも苦手だ。小動物を相手に何をしろと言うのだ。………ここはとりあえず、変
わり者の意見を聞くことにしよう。
俺は三毛猫の脇の下から抱え上げた。
「にぃ~」
「ん? 何だ」
「にぃ~」
「俺は何もしらんぞ」
「にぃ~」
「うぜえな、ったく………ちっとは黙ってろ」
いい加減嫌になってきた俺はその猫を抱えて森の中を歩いた。
「それで、その猫をおめおめと俺の所に持ってきたと言うわけか」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「フン。大体お前は何で昔からそんなにお人好しなんだ? 猫の一匹が森に捨てられていたぐらいで態々拾ってくるな」
「そういう言い方はないだろう」
俺の名前は秋島鼎祈〈アキシマ マサキ〉。ごく平凡な高校生だ。
そして俺の目の前で猫の頭を撫でているのが、風変わりな友人、皇洸一〈スメラギ コウイチ〉だ。
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