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今宵は、満月。
月を肴に飲み明かそうぞ。……「坂本」さんは杯を傾ける。
そして、一度も畳に置こうとしない。
「これは、わしの国から持ってきたもんじゃ。土佐の杯は、穴が開いちゅう。指を離したら、酒が流れてしまうきに」
そう言って、あたしにお猪口の中を見せてくれた。
確かに、底の近くの側面に5ミリくらいの穴が開いている。
あわててあたしは自分のお猪口に目を落とした。
「ははは、おんしのは店の普通の杯じゃ」
「坂本」さんは、えらい上機嫌だ。
さっきまで、あんなに泣いていたくせに。
……それとも。
何か、哀しいことがあって。
それを忘れるために、飲んでいるの?
「坂本て、本名なの」
いまさら何て呼んだらいいのだろう。
あたしはお猪口に口をつける。
全然、おいしくない。
大人の人がおいしい、おいしい、て言いながらお酒を飲む気持ちが分からない。
こんな苦くて、熱くて。
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