壱朝零夜:暁の娘

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「お前な!」  ワルは私を思いっきり人差し指で指さした。  いつもよりいらだった口調と態度から、何故かわからないが怒っているらしいと言う事がわかる。  私は涙で湿った顔を袖で拭いた。  何でもなかったように平然と取り繕ってみたつもりだったが、どう見えただろう。 「朝、早いね。ワル」  すぐさま話をそらしてみる。  しかし、さっきよりも機嫌を損ねたらしい。  ワルの声が余計に荒々しくなった。 「いっつもオレの名前はワルじゃねえって言ってんだろ!!」  確かにそうだ。  私だけが勝手にそう呼んでいるだけだから。 「ワルの名前覚えにくい……」 「ど・こ・が・だ!!!」  ワルはドシドシと音が本当に聞こえそうなくらい大袈裟に歩く。  彼は階段と扉のちょうど中間の位置にたどり着くと、その歩みを止めてもう一度私を指さす。  私は階段から降りてから一歩も歩いていない。 「お前アタマ悪いだろ?!」  この会話、実は数多くこなしている。  なので当然この後に続く言葉を私は知っている。  そういえば、相手が一方的だとは言え黄昏の彼以外にこんなに話す相手は、このワルくらいだった。  この後、彼はこう言うだろう。 『オレの名前はネクトだ!』  一応、私は物覚えは良いほうだと思っている。  固有名詞に対しては例外だけども、同じ事を何度も繰り返してきたワルがそう言う事は間違いない。 「オレの名前はネクトだって毎回言っているだろ!」  予想は見事に的中。  しかし、次の言葉は意外なものだった。 「だいたいお前はなんだよ!」  ワルは再び私を指さして物凄い剣幕でまくしたてている。 「なんも挨拶しないで勝手に出てっちまうつもりだったのか?!」 「……挨拶したって……」  私はワルの指さしから逃れながら答える。  私がみんなに挨拶に行ったところで、追い返されてしまう事は目に見えていた。  彼はと言うとムキになったのか、逃げてせわしない動きの私を指で追い続けている。 「お前はいつもそうやって逃げようとする!」  これは指さしから逃げてる事に対するものではない。  だからこそ、その言葉は私の心を抉るように感じられた。 「これからも人から逃げ続けるつもりなのか?!」  目頭が熱くなった。  そんなつもりなんてない。  逃げてるつもりなんかなかった。
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