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呼ばれてテーブルの下からひょっこり顔を出したのは
太った一匹の犬だった。
「おー肉、
そこにいたかー。
よしよし、
今日も太ってて丸いなお前」
肉と呼ばれた犬は
ひっくり返って腹を見せた。
それを千枝がよしよしと撫で回すと、
気持ち良さそうに伸びをする。
実はこの犬、
昔雪子が犬の為に家出したことがある。
天城屋旅館では犬は飼えない、
けれど雪子は飼いたい、
だから家出した。
そんな途方に暮れる彼女を、
千枝が見つけたのがきっかけで
2人は友達になった。
その当時の犬は、
千枝が引き取ったが、
見る影もなく丸っこく太ってしまった。
「お前ってほんと肉だなー、
うん。
この体つきはいい!」
すると、
どこからか筋肉マンのメロディーが聞こえてきた。
千枝はすぐにジャージのポケットにあった携帯電話を取り出す。
どうやら彼女の携帯の着信音だったようだ。
「おー、
もしもし、
オレオレ」
「あれ、
花村。
今日はどうしたの?」
「実はあのさ…
千枝…」
プツっ
千枝は即電話を切った。
しかしすぐさま再び電話が鳴った。
「おいおい、
なんで切るんだよ!」
「”千枝”って言ったからやだ」
「ちょっ、
おまっ!
それだけでか!?
あいつは普通に呼んでるじゃねーか!」
「彼はいいのよ。
戦友だし、
頼りになるし」
千枝自身にとって、
陽介から”千枝”と下の名前で呼ばれるのは違和感以外の何物でもない。
彼からも最初はそう呼ばれることに抵抗感はあった。
しかし接していく内に仲の良い、
そして守りたい男友達として認識するようになった。
「…で、
今日は何?
また下ネタ?
あんたねぇ、
いい加減にしなさいよ」
「いや、
違うって!
言う前からダメ出しすんな!
ちょっと聞きたいことがあるんだよ」
「聞きたいこと…?」
千枝の表情が訝しげになる。
日頃の下ネタな内容の電話がどうにも困っていたからだ。
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