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それは、四日前の事だ。
「マグロが食べたいわ」
無駄に意思が強そうな声が、真田家を震わした。
「はぁ?」
夕飯の支度をしていた瞬は台所から顔を出して、母親 真田 華澄の姿を確認する。
真田 華澄。三十六歳。職業は不明だが、瞬と自分の二人が何不自由なく生活出来ている事から、何かしらの仕事に就いている模様。
容姿は、こいつ本当に子持ちの主婦か?と疑いたくなる容姿をしている。
艶のある長い黒髪をポニーテールで纏め、整った顔には皺が一つも無い。そして、出産経験があるにも関わらず型崩れしない身体はモデル体型とくる。
幼年の頃は、そんな母親に誇りを持つ事もあったが、今は恐怖しかない…何しろ…。
(母さんって、幼稚園の頃から変わってないんだよな…)
老化をしていないのだ。いや、むしろ若返っている節がある。
(中学生の頃は、母さんが初恋の女性だって同級生がごまんといたからなぁ…)
様々な意味で恐ろしい女である。
そんな華澄は、性格も同様に飛んでおり、本能と反射。直感と思い付きのみで生きている。
本当に自分の母親か?と疑いたくなるが、悲しい事に血は繋がっているらしい。
「マグロって…今夕飯の支度をしてるんだけど?」
無駄と分かっていても取りあえず言ってみる。無駄だが。
「フゥ…これを観なさい瞬」
溜め息を付きながら、華澄は、テレビを指す。
テレビでは、大間のマグロ漁を題材にしたドキュメンタリーが放映していた。
マグロの魔力にとりつかれた漁師山田さんが苦労話を語っている。
「わかるでしょう?」
「いや、わかんねーよ!?むしろ疑問がてんこ盛りだよ!?」
「だから、私は本物が食べたいのよ」
なんだそりゃあ…。
「…まあ、良いや。で?どうするのさ?今から買ってくるのか」
「フフン…」
人差し指を立てて横に振る。そして、のたまった。
「今からマグロを捕りに行って来るのよ!」
「アホかぁぁぁっ!」
息子による愛の突っ込みをいれる。
「なんでそうなる?」
「それは新鮮な方が美味しいに決まっているじゃないの」
「答えになってねぇよ!?それに観ろよ」
山田さんの苦労話はいよいよ血なまぐさくなっていく。
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