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じゃれ合う奏に声をかけたのは、黒髪の青年だった。
彼は一定の距離を保ちながら、戸惑った表情で奏を見つめている。
二人の間に、肌寒くなりだした季節の風が流れ込む。
「――…環。」
奏は青年の事をそう呼んだ。
昔っから知ってる、優しくって、少しお調子者で。
情にものすごく厚い人。
私の、1番大切な人。
―――…そう、数カ月前までは。
と、環の姿を見た遥香が物凄い勢いで彼の元へ歩み寄る。
眉間にしわを寄せ、目に余る程の殺気を漂わせながら。
「何しにきたわけ?
もう奏に関わらない約束でしょ?
あんだけ散々泣かしときながら、今更何の用?」
遥香は今にも殴り掛かりそうな程の勢いで、環を精一杯睨み付けながら冷たい言葉を吐き捨てた。
「ごめん…。あの時の事は悪かったと今でも思ってる。
でも、今はどうしても奏と話す必要があるんだ。
二人っきりにしてくれねーか?」
真っすぐ遥香を見つめながら、意思の強い声でそう答えた。
その言葉を聞いた遥香は更に怒りを現にする。
「あんた…!どの面下げてそんな事…ッッ」
「いいの!!!」
背後から、奏が叫んだ。
その声に、遥香は驚いた表情を隠せない。
「でも…!」
「いいの遥香。ありがとう…大丈夫だから。心配しないで。
二人で話しさせて?」
遥香は唇を噛み締め、押し黙った。
くるりと環に向き直る。
遥香は環の目の前に立ちはだかると、思いっきり右手を振り上げた。
――――パァア…ン!!!
それは、一瞬の出来事で。
気付いた時には乾いた音が辺りに響いた。
環の左頬がほんのりと赤く染まり、ひりひりと痛む。
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