目眩り捲り巡る

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風が吹いていたと思う。 その日はいつにも増して冷たい風が吹いていた 汗ばむ季節ではあったけれど、その暑さも気にならないほどに。 雲の流れは早く、空を見上げる私を一人残して去っていく 私はそれがなんだか不安で、どうしようもなく苛立って落ち着かなかった……。 選手控室である招集所に入って長椅子に座る 壁についた貼り紙には、選手以外立ち入り禁止の文字 私はその貼り紙に背を向けるようにして座りなおした…。 招集所にはこれから始まる男子100mの選手が集まっている もちろん周囲には男しかいない スパイクのピンを調整している人、ゼッケンをつける人… 手持ちぶさたな私はパーカーのフードを深く被って、眉間にしわを寄せうつ向いていた。 早く聡に来てほしかった 心細いと感じる自分がカッコ悪くて恥ずかしかった 普段周囲の目を気にせずいられるのは、聡の大きな存在に包まれて安心していられるからだと…そう実感した。 「麻耶わりい、待たせた」 “来たっ!!" 私はその声にすぐ反応して顔をあげた 聡だ…一気に安心感が込み上げてくる 私は安堵し少しこぼれかけた笑みを隠しつつ、聡の元へと駆け寄っていく… “!!………" 瞬時に、聡が引き摺る片足に目がいった 陰鬱な表情に変わる私に気付いたのだろう…聡は呆れたような顔をして笑った 「どこ見てんだよ、俺の目見ろ。」 指先で顎をすくい上げられて…私が聡を見つめる形になった 不安な目をしたままだけど、鼓動で胸が高鳴った。 「大丈夫だ、骨折れてたら立ってらんねえだろ?」 たくましい聡の笑顔にやっぱり安心したし、強がりな聡に不安にもなった 自然と倒れ込むように聡の胸に顔を埋めた… 謝る私の頭を聡は強く、優しく撫でた 「そんな暗い顔…らしくねえよ。」 あの頃から…私の傍には聡がいて あの頃から…浅見麻耶(アサミマヤ)、長門聡(ナガトサトシ)はもう、二人じゃなきゃダメだった。
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