127人が本棚に入れています
本棚に追加
「……ハハッそうだな、小僧……よっぽど死にたいらしいな」
彼は自ら死を望んで挑発めいた言葉を口にした訳ではなかった。
だが、現実は自殺志願も良いところだ。
兵士はゆっくりと剣を振り上げた。
彼は彼女の骸の瞼を下ろした。
「君が言った事は正しい、子供……」
兵士でも無ければ村の人間でも無い、知らない男の声とそれに慌てたような兵士の声が聞こえた。
その声の主を探して彼は顔を上げた。
「……君自身のオリジナルの言葉では無いにしろ、確かにその通りだ。何に従おうと死ぬ時は死ぬ、逆もまた然り。死なないのなら何をしようと死なない」
彼は驚き唖然とした、そして兵士の声の調子が変わった事に頷いた。
二十歳前後で長い三つ編みを結わえた一人の若い男が水中から水面へと押し出されるかのように[何も無い空間]からゆっくりと現れた。
「さて、君は何を望む?」
「…………」
彼は驚いていた、どこかの悲劇の物語にも似たそんな夢幻のような事が今まさに自分の目の前で起きた。
そして自身に何を望むかを、問うなんて。
「き、貴様!何者だ!?」
兵士は少しばかり狼狽え剣の切っ先を奇怪な男へと向ける。
「君に訊いているんじゃない、私はそこの子供に訊いている。それと、口の聞き方に気をつけた方が身の為だ」
男は微かに眉を潜め兵士に視線を移すと、一つ指を鳴らした。それを合図にコートの袂からいくつかの小さな球体が男の頭の上に浮かび、三角形で半透明の壁を張った。
言うまでもなく、雨除けだろう。
そしてそれと同時に兵士の体が鎧と共に、[溶けていった]。
「……まぁ、今後は無いのだが」
声を上げる間も無く、兵士だった水銀色の水溜まりが広がっていく。
兵士一人だけでは無い。彼とシア、奇怪な男の三人を除く村に存在した全ての人間が騒ぐ事も出来ずに、一瞬にして水のように雨に溶けてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!