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そうしてどの位が経ったのだろう。
眠っていた訳では無いが、何処か遠くに飛ばしていた意識を取り戻した時だった。
大通りを行き交う若い女同士の会話が男の耳に入る。
「……でね、紅い満月に強く願うと奇跡の扉が開くって……」
「えー? 最近流行りの都市伝説じゃない?」
都市伝説。
そんなもので盛り上がれる若さが、今の男には羨ましかった。
いや、羨んだのは若さだけでは無い。
その心の純真さにも。
「紅い満月ねぇ……」
男は再び仰向けで、四角い空を見た。
さっきはその姿が見えなかった月が、時を経て男の頭上に差し掛かっている。
やはり今宵は満月だ。
しかも、やたらと大きい。
不意に男は節張った手で、目を乱暴に擦る。
酔いの所為で視界がおかしくなったのかと思ったからだ。
何故なら。
「紅い……」
男は勢い良く起き上がった。
確かに其処には、その月は、紅いのだ。
見れば見る程、その紅さを増す様にも見える。
唖然として、無意識に月へ手を伸ばした。
――届く訳など無い。
分っている。
けれども。
もしもさっきの話が真実だとしたら……!
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