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「近藤勇だ!」
近藤勇。
その名とその時みせた笑顔を脳に焼き付ける。
壱帷は立ち上がり、彼が見えなくなるまで見つめ続けた。
そして確信したように、生き生きとした、光を宿す瞳をする。
「近藤……勇…………」
壱帷は干飯を握り締めて、呟いた。
*
文久3年 幕末 京の都
月の光に照らされて桜の花びらが静かに舞散る刻。
男はそんな静けさを破って走っていた。
綺麗な桜と月には目もくれず、ある集団から逃れる為にただひたすら走り続けて行く。
息もたえだえで転がるように逃げる様は醜い。
男は夢中で走り続けるが、前から突然現れた影につい足を止めた。
出てきた影は血を浴びた浅黄のダンダラ羽織。
「―――――――っあ……」
男は冷たい汗をかいてガクガクと震えた。
「何処へ行くつもり?」
笑いを含んだ妖艶な声が、男の皮膚を撫でた。
恐ろしさで足がすくんでしまう。
艶のある黒髪が、生暖かい風で揺れる。
散る花びらと共に、羽織の裾と共に左に揺れる彼の髪。
男は息を飲んだ。
死にたくない。
「たっ頼む!オイラを逃してくれ!何でもする!」
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