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青年は再び執務机へと向かいながら思わず呟いた。
執事の顔に走った雷光のような冷たい瞬きに気付かず。
青年は自身の断頭台に足をかけた。
が。
「私は明日が見えるのだ。詮無い事だが」
青年は窓辺に手をかけ、嵌ったガラス越にそっと庭を見下ろし、薄く寂しそうな笑みを浮かべ続ける。
「今お前が言ったことをお前自身実践しているのだ。逆らう余地はない」
その時だった。
青年領主の脳裏に雷光が煌めいたのは。
目を見開き、棒立ちになって。
どっと押し寄せるデジャブに青年は脳震盪を起こしたように倒れ伏した――。
飽くまでも控え目に、だが陰湿に執事の質問は続く。
明日の式典で最も注目されるのは?
明日の賭試合で最終的に勝利するのは?
明日の舞踏会誰が王子と踊る?
たわいない質問に混じる悪意に領主は混濁した意識で答える。
「良くおできになりました。さあ、いつものお薬です」
浅い皿になみなみと盛られたスープを奪いとり、青年は口の端から伝う怪しげな液体に顎を濡らしながら、一息に飲み干した。
骨ばった指が震え、本来ならそれを掬うはずのスプーンも見当たらない。
残った液体を指と舌で掬い舐め啜る。
彼は飢えきった貧民のように異常な程痩せ、落ち窪んだ眼孔には明日しか映らなくなっていた。
彼は最も口を滑らせてはならないときに口を滑らせた。
その瞬間明日を謳うだけの囚われの金糸雀になったのだ。
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