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ある帝国に明日を知る少年がいた。
彼は小さな頃から不思議な発言を繰り返していた。
だが少年は明日を指す単語を知らなかった。
少年の親は明日ではなくもっとずっと先しか見ていなかったからだ。
「来年にはどれくらい大きくなるのかな」
「何年か後にはこの土地は高騰し何倍にもなって返ってくる」
「いつかお前とあの宮殿に行けるかな」
「そのうちどうにかなる」
「まだまだ、先。ずっと先だ」
「いつかな」
……誰も彼の能力に気付かなかった。
彼本人でさえ、あまりにもそれは自然で特殊であるなどとは気付いていなかった。
ある日彼の両親が死んだ。
幼い物心ついたばかりの日だった。
彼は自分の境遇や明日を知る能力がために、両親が投獄された日にも、そしてその次の日には処刑される事がわかっていた。
彼に分かる未来は様々な意味でごく近いものでしかなく、防ぐ術など何もなかった。
何故そうなったのか分からぬまま、過ぎ去る日々。
少年は無力だった。
彼は両親の身分を引き継いだが、いつかと両親が言った宮殿に入る事も未だ出来ず、召使いや教育係にただかしずかれ、やがて人と話す事の苦手な青年となった。
田舎に住む彼は、謀略に巻き込まれるような身分でさえなかったからだ。
その頃には彼は明日を知る能力が特殊だと知っていたが、それは限り無く無意味な能力だと知っていた。
だがある日彼は自分が明晩執事に殺されると知った。
同時に両親が投獄されたのもこの執事の差し金だと知った。
明日執事が話すのである。
信じていた者の裏切りは人を絶望させる。
彼は知らなかった。
彼の知る運命は受動的であったことを。
彼は自分のすべき事をいつもあらかじめ知っていた。
つまり考えるという行為をしたことがなかった。
悩んだ事もなかった。
そして執事が彼を殺す日の朝食。
初めて彼は知らない未来を紡いだ。
「執事よ。何故人は悪いと知っている事を敢えて行うのだ?」
ナプキンを畳み、彼は給仕を片付ける男をそのままに、背後に立つ執事に問い掛けた。
振り向きもせずに。
自分の事だとは知らず、腰低く執事は柔らかく微笑んだ。
「それは悪魔が人を誘うからでございましょう」
まるで幼児に対するように、執事は答えた。
「盗むことも、人を殺す事も、悪魔の仕業なのか?」
象徴的な答えに彼は動ぜず、そのまま立ち上がる。
執事が椅子に手をかけたからだ。
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